【樹崎 聖】『ff(フォルテシモ)』で少年ジャンプに掲載!スーパージャンプでの連載経験も!

漫画家_樹崎聖

中学2年生から描き続け漫画家へ

1987年に『ff(フォルテシモ)』が週刊少年ジャンプで受賞!本誌デビューを果たす!

 

1996年には青年誌に移り、スーパージャンプで『交通事故鑑定人 環倫一郎』を7年に渡って連載!

 

連載経験、講師経験を活かし『10年メシが食える漫画入門 悪魔の脚本 魔法のデッサン』を出版。Amazonや楽天といったサイトで1位となるロングセラーに!

 

【Twitter】
樹崎聖☆コミチ連載するよ✳︎垢移動しました⭐︎漫元(@mangagenki

 

現在の活動について

アキュート
今現在、漫画家さんとして活動されていると思うんですけど、今出版社に頼らない方向でも本を出されているんですか?
樹崎聖さん
出版社と完全に手切ったって訳じゃないんだけど、出版社で描いた権利は全部もう自分のところに引き上げているし、自分のところから色んなところに配信したほうが、描いたものを配信するっていう意味で得なんです。

出版社を通してしまうと限定されるんで。

アキュート
ジャンプでボクシング漫画を描かれていたと思うんですけど、出版社から著作権自体を樹崎さんのほうに移されたんですか?
樹崎聖さん
「返してくれ。」って言ったら返してくれるんで。
アキュート
そういうものなんですか?
樹崎聖さん
基本の契約っていうのは自動更新で、その時に「もう更新しないでくれ。」って言ったらもうそれで自分のものになるので。
アキュート
そうなんですね。
樹崎聖さん
出版の権利を貸しているっていう形になるんで本来、自分のものなんですよね。

でも、それをよくわかっていない作家とかも結構いると思うんで。

アキュート
いるでしょうね。今、樹崎さんが過去に作られた作品っていうのは主にどういった形で配信をされているんですか?
樹崎聖さん
今はもう配信できるところに片っ端からしていると思うんで、有力なサイトではどこででも僕の漫画が見れると思います。
アキュート
僕も前から先生の作品を知っていて、無料で読めるサイトみたいな・・・。
樹崎聖さん
マンガ図書館Z。
アキュート
そうですね。
樹崎聖さん
マンガ図書館Zは漫画家の赤松健さんが最初に旗揚げして。
アキュート
「ラブひな」とかですよね。
樹崎聖さん
出版社が権利を持っているのに出版していない作品がすごく多いってことで「これじゃまずいな。」っていうところから赤松さんが本当に自分の資金で始めたんで、僕もそれに賛同して。

一番最初の目立った賛同者だったと思うんですよ。

アキュート
赤松先生の「ラブひな」とか「A・Iが止まらない!」は学生の頃に単行本を買って読んでました(笑

マンガ図書館Zだと、広告が定期的に入っていますよね。

樹崎聖さん
そうですね。広告収入で成り立っているんで。
アキュート
その時に先生の「交通事故鑑定人」も読ませてもらいました。
樹崎聖さん
「交通事故鑑定人」は実は絶版ではなかったんですけど、、マンガ図書館Zは基本絶版図書館って最初は言っていたくらいだったんです。

Zっていうのは絶版図書館の名残ですね。

アキュート
あ、そうなんですね(笑。なるほど。
樹崎聖さん
でも、漫画家さんにやっぱり評判が良くないんで、「絶版って言い方はなんとかなんないの?」みたいな(笑

だから絶版じゃないけど「じゃあ、そこの中のまず代表的な作品になるように。」っていうことで最初に提供して。当初はテレビに出てインタビュー受けたりとかそんなこともしていましたね。

アキュート
今ではTwitterでも先生の作品を配信しているって聞いたんですけど・・・。
樹崎聖さん
はい。もうTwitterは今や有力な収入源なんで。
アキュート
本当ですか!?
樹崎聖さん
Twitterで配信したことをまとめて本にして、それをブースっていうところで売っていて、今そのブースっていうとこがすごく安くで出版できるんです。
アキュート
ブースとは夏コミとか冬コミのような形ですか?
樹崎聖さん
ブースはピクシブがやっている通信販売なんです。

今までの自分で作った本を、例えばAmazonとかで売ると1,000円のものが2,000円近くなっちゃったりみたいな感じになっていたのが、それが1,200円くらいで済むみたいな感じですかね。

アキュート
なるほど!そういった新しいサービスがあるんですね。

 

漫画家を目指したきっかけ

漫画家_樹崎聖
アキュート
もともと、漫画家を目指そうと思ったきっかけはなんですか?
樹崎聖さん
すごいおばあちゃん子だったんですけど、おばあちゃんがよく映画に連れて行ってくれて映画大好きで、中学2年の時に一緒に観に行ったチャップリンの「独裁者」を観て、「あ、これが僕がしたい仕事だ。」って。
アキュート
映画がきっかけだったと。
樹崎聖さん
はい。
もう完全に中学校2年生で本気で漫画家になろうと思って、ペンで原稿に描き始めました。
アキュート
おおー、行動が早いですね!
樹崎聖さん
それまで絵がすごく上手かったわけでも、お話が書けたわけでもなくって、普通の人よりはましかなぐらいな感じだったんです。

どっちかって言うと「僕には言いたいことがある。書かなきゃやっていけないというか、生きていけない。」っていう気持ちがあったんです。

アキュート
生きていけない。。すごいですね。
樹崎聖さん
作家には多分二通りあって、『もう本当に描くのが楽しくて漫画が好きで始める人』と、『僕みたいに描かないと生きていけないからやっていく人』みたいな。
アキュート
漫画を描かないと生きていないと中学生で思われて、その後はどういった生活を送られていたんですか?
樹崎聖さん
高校生の時には本当にもう漫画家になること、絵をうまくなることをすごい考えていて、学校の先生には学業に関しては「もう志望校には届いているから残り休めるだけ全部休んで家で絵の勉強します。」って言って。
アキュート
高校生でそれはスゴイですね。
樹崎聖さん
これ以上休んだら進学できないっていうギリギリいっぱいまで休みました。
アキュート
休んだんですね(笑
樹崎聖さん
その枠全部使って家でずっとデッサンしていました。
アキュート
なるほど、なるほど。今と昔、学生時代と比べて何か変わられましたか?
樹崎聖さん
よく変わらないって言われます。
ただギラギラしたものが昔と比べたらなくなったっていうのは、もう15年ぐらい前から言われますね。
アキュート
ジャンプとかでもうバリバリにやっていた頃は・・・、
樹崎聖さん
はい。ちょっと自分で言うのもおかしいけど、多分エネルギーが違ったと思うんです。多分普通じゃなかったと思うんで。

だから1円でもいいとかそういう覚悟で臨んでいたんで。今でももう一度チャンスくれるなら死んでもいいって思うんですけどね。

よく話すんですけど、「戦場に行った人はまた戦場に行きたがる。」あれだと思うんですよ。もう本当酷い目にあったなって思うんだけど、「でももう一回チャンスあればもう一回行くぞ!」っていう。

アキュート
そうですね。僕もそこはわかるとこがあって、経営者も夢人なんですよ。

努力したからといって50歳でそれで飯が食えるか分からない。だからこそ楽しいですけどね。大変だけど楽しいですよね(笑。普通のサラリーマンじゃ味わえない世界なので。

樹崎聖さん
やっている時は楽しいとか充実感っていう感覚ではないと思うんですけど、終わってみたらあの充実感に戻りたい。
アキュート
わかります(笑。

先生って1つのアルバイトとかされた経験はありますか?

樹崎聖さん
そうですね、普通に大学生だったらするだろうぐらいのアルバイトはしていました。
アキュート
それ以外にもありますか?
樹崎聖さん
それ以外だと、あとは大学時代は漫画を描いて賞を取ったらお金になるんで賞金稼ぎしていましたね。
アキュート
おお、すごい。
樹崎さんはサラリーマン経験っていうのはあるんですか?
樹崎聖さん
ないですね。
サラリーマン経験はないけど15年ぐらい前ですかね、専門学校で教えていたことはあります。
アキュート
あ、チラッとWikipediaで拝見しました。
樹崎聖さん
それは、少年ジャンプに仮所属チャンスみたいなのがもらえそうになったんで、ジャンプにネーム出して結果が出るのを待っている時間がもったいなかったんで自分で電話して、「ジャンプが決まったら即辞めてもいいんだったらやりますけどどうですか?」みたいな感じで売り込んで。(笑)
アキュート
自分から売り込んだんですね!?
樹崎聖さん
生徒に一生懸命教えたかったし、やってみたらすごい真剣になり始めて、それを本にしようとのちに書いたのが、「10年メシが食える漫画家入門」っていう本でした。
アキュート
2009年ですね。
樹崎聖さん
はい。これが漫画家入門本としてはかなりのベストセラーになってくれて。
アキュート
おお!色んなきっかけからつながっているんですね。

 

デビューのきっかけ

漫画家_樹崎聖
アキュート
1987年の22歳の時にフォルテシモがホップ☆ステップ賞で入選してデビューされたと伺ってますが、デビューするまでの流れっていうのをぜひ教えていただけますか?
樹崎聖さん
中学2年生から始めたんで、大学卒業した時点ですでに10年が経過していて、それまでに賞は大小合わせて4本、5本取っていたと思うんですけど、ちっちゃいの合わせたら5本かな。
アキュート
すごいですね(笑
樹崎聖さん
普通だったら入選も取ったらデビューできるのにまだ大阪にいる大学生だったせいかデビューさせてもらえなくて。
少年マガジンに担当がいてそこで連載するものと思っていたんですけど、原作もらって連載したこともあったし、もう学生中にそこまではいっていたんです。

学校にはデビューして連載する先輩方もいっぱいいて、手伝ったりもしていたんで、自分の力みたいなのは大体予想はついていたんですけど全然デビューできないくて。しかも最後は大学卒業間際で担当が左遷になっちゃって。

アキュート
それはしんどいですね。
樹崎聖さん
「担当いなくなって困ったな。」と思って、卒業間際にあちこち持ち込みに東京まで出てきて回って、そしたら意外なことに自分が読んでいなかった少年ジャンプに担当が就いて(笑
アキュート
どういった流れでジャンプの担当の方から声がかかったんですか?
樹崎聖さん
持ち込みですね。
最初、僕の原点だったチャップリンからギャグ漫画描いていて、最初見せた原稿をずーっと読んでいて、「くっだらねー。」って(笑。「じゃあこのあと飯食いに行こうか。」って(笑
アキュート
そんな経緯があったんですね。
樹崎先生っていったら「交通事故鑑定人」のイメージが強かったんで、あんまりギャグの要素ないじゃないですか。
樹崎聖さん
ギャグはデビューの前に諦めました。

デビュー作の前の作品はやっぱりギャグ漫画だったんですけど、久々に賞が全く引っかからなくて、全然ダメだったんで「もう止め、僕には向いていない」って思って、自分に向いているのはやっぱりストーリー漫画だなって。

アキュート
切り替えたんですね。
樹崎聖さん
大学時代からもこれをやりたいと思っていたネタがあって、ピアノのネタだったんですけどね、フォルテシモのタイトル通り。

クラシックピアノっていうか音楽をおたまじゃくしを空に飛ばさないで描く漫画っていうのは当時ほぼなかったんですよ。だから少年誌向けのストーリー漫画ででは多分初だと思うんで、おかげで全項目満点で入選になってくれて。

アキュート
すごいですね!
樹崎聖さん
いえいえ、多分もう他とは比較できないような漫画を描いたからなんだと思います。誰も見たことないものを描くことができたんで。

 

漫画家をしていて大変だったこと

漫画家_樹崎聖
アキュート
漫画家として色んな作品を作られたりとか活動されてきた中で、一番大変だったということを教えていただけますか?
樹崎聖さん
大変とか思わないでやっていたっていうのもあるんですけど、実際にあとから考えて大変だったのかなって思うのはやっぱり週刊連載が物理的にすごく大変だったってことですかね。

最初の連載の時はよくわかっていなかったんで、「締め切りを守ることが一番大事だ!」って担当に言われて締め切りにきっちり間に合わそうと描いていたんですけど、実際に雑誌に載ってみたらスカスカで絵の密度が少年ジャンプの中で浮いているレベルで、「あ、これダメだな。」と思って途中からガンガン描き込み始めました。

アキュート
いいですね。
樹崎聖さん
7話目から人気出たけども、その前に打ち切りが決まっていて、最初の連載はそこまででした。

再連載の話もあったらしいんですけど、担当が多分僕にすごく期待していたせいで勝手に断っちゃって、「いや、断らないでほしかった。」っていうの未だに思いますけど。

アキュート
そういったこともあるんですね。
樹崎聖さん
でもまあしょうがないんで、二度目の連載に向けてまた挑むことになるんですけど、その時はもうあちこちに助っ人アシスタントにいって色んな状況を見ていました。
アキュート
アシスタントに行っていたんですね。
樹崎聖さん
どれぐらいやらなきゃいけないか、どれぐらい気合入れてやるものかっていうのも見てきました。負けず嫌いなんで。
特にすごいなって思ったのは「BASTARD!!」を描かれている萩原一至さんのところを手伝った時ですね。

萩原さんの気合の入りっぷり、原稿への情熱のかけっぷり。色んな情報を集めて整理して、それを作品の1コマ1コマについて色んな情報を詰め込んでいて、その妥協のなさみたいなのがものすごくて。

アキュート
す、凄まじいですね。
樹崎聖さん
1コマ1コマ、もう紙がね。紙がね、違う紙を使う。
アキュート
それはすごいですね。
あとお聞きしたかったのは、先生が「ふたりエッチ」とか描いていた克・亜樹先生のところにも?
樹崎聖さん
はい。克・亜樹さんはもう僕の先輩なんで。
大学時代、手伝いさせてもらっていたんで未だに仲良くさせてもらってますね。
アキュート
「ふたりエッチ」は色んな意味で名作ですので(笑
樹崎聖さん
学生時代は克・亜樹さんのところに学校帰りによくたむろしていました。
克・亜樹さんの影響は大きいですね。絵的とかっていうよりも生き方として素晴らしいなと思って。
アキュート
僕は絵しか知らないんですけど、それはどういう点がですか?
樹崎聖さん
まず驚いたのは、いつ行っても描いている。僕らが遊びに行ってたむろしていても自分は描いている(笑
子どもの頃から描いたっていう漫画が机の前に端から端まで並んでいるんですよ。それがすでにすごいことだなって。
アキュート
すごいですね。めちゃくちゃすごい話だと思いますよ。
樹崎聖さん
大学時代にすでに「花とゆめ」でデビューして、サンデーの増刊で月刊連載もしていて、他にも読み切りも描いてって感じで、学生時代からすごい活躍していて。
アキュート
すごいですね。
樹崎聖さん
東京に打ち合わせに来た時に遊びに行ったのかな?ちょっとどういう流れで会ったかはよく覚えていないんですけど、お話させてもらってその時に「僕はどうしてチャンス掴めたと思う?」っていう話をしてくれて。
アキュート
興味があります!なんておっしゃっていたんですか?
樹崎聖さん
「数描いたから」って。
アキュート
やっぱりそうなんですね。
樹崎聖さん
はい。もうそれに尽きるなっていう。だから、「ふたりエッチ」の成功っていうのも、もうそれに尽きると思うんですよね。

 

漫画家をしていての失敗談

漫画家_樹崎聖
アキュート
樹崎先生の一番の失敗っていうのをお伺いしてもいいですか?
樹崎聖さん
そうですね。やっぱり少年ジャンプを知らないで少年ジャンプに載ったっていうところはありますね。
アキュート
ある意味すごいですね(笑
樹崎聖さん
ジャンプにない作家だからすごく評価されて、ものすごく最短でチャンスを掴めたんですけど、ジャンプで何が失敗だったかって傾向と対策がわかっていなかったことです。
ジャンプって前向きな主人公でないとウケないんですよ。
アキュート
なんかわかる気がします。
樹崎聖さん
1度目の連載の7話で人気が出たっていうのは、主人公が7話でやる気になるんですよ。
アキュート
それ、なんかもったいないですね。
樹崎聖さん
そこがまだ分かっていないまま2度目の連載も同じことをやっちゃって、2度目も主人公がやる気になったのが7話なんですよ。
2度目の時は7話で人気がドカンってきたので、その時は1回目の編集会議のタイミングでは生き残ったんですよ(笑。

ただボクシングっていうものがジャンプでまだ人気がなくて、試合に入ると上がった人気がいきなり最下位に落ちるみたいなのがあって。
ここで方向転換できるなんか融通が利くものがあればよかったんですけど、試合の描き方が悪いに違いないと考えて、あれこれやっては失敗ですね。

アキュート
試行錯誤されたんですね。
特に傾向と対策のところで、今まで漫画家をされていて一番よかったことというのをお伺いしてもいいですか?
樹崎聖さん
傾向と対策っていう意味ではもう「交通事故鑑定人」は徹底的にそこを考えました。
アキュート
やっぱりそうなんですか。
樹崎聖さん
はい。「もうこれ以上負けられない。」っていうのがあったんで。
アキュート
なるほど、なるほど。
樹崎聖さん
原作付きって言ってもかなりの部分では自分のやりたいことをやらしてもらえていました。原作の梶さんもその辺をすごく認めてくれる人だったんで、「自分の原作をこんな面白くしてくれてありがとう。」という手紙をくれるぐらいすごくいい人でした。
アキュート
いい話ですね。
樹崎聖さん
梶さんは僕がやらないようなエンターテインメントな部分を描きたがる人だし、だからすごく噛み合ったと思うんですよね。
僕はキャラクターを描いたり人間ドラマを描いたり、そういうところが得意なんで。
アキュート
なるほどですね。
樹崎聖さん
僕1人だと、マフィアが出てきてそいつらをやっつけるみたいな話は絶対描かないんですけど(笑
アキュート
なるほど、なるほど、なるほど。
樹崎聖さん
梶さんと組むとそういう話と人間ドラマが噛み合ってくるんで(笑
アキュート
抜群のコンビですね(笑
樹崎聖さん
僕はキャラクターを作ること自体はもうデビューする前から得意だったんで、環倫一郎っていうキャラクターを作る時にまず目を開けない。

普段目を閉じていて、いざという時だけ片目を開けるキャラクターっていうのを設定して、、、まず担当に反対されましたね(笑

アキュート
なるほどですね(笑
樹崎聖さん
「主人公の目が見えないっていうのはどうだろう・・・。」って言われて、「いや、絶対大丈夫。」って。
それはスーパージャンプでその前に一番人気をとっていた漫画が「企業戦士ヤマザキ」っていう眼鏡で目の表情が一切見えないキャラクターだったからです。
アキュート
それで押されたと?
樹崎聖さん
はい。それで「絶対大丈夫!ドカベンの山田太郎だってそうじゃん!」って(笑
アキュート
先生のお話聞いていると自信とかプライド、そして信念をもってお仕事をされてきたんだなとヒシヒシと伝わるんですけど。それこそ、中学2年生から今までずっと追われてきて漫画家を辞めようかなと思われたことはあるんですか?
樹崎聖さん
辞めようとは思わないですけど、いろいろ自分の描きたいことを一通り書いてしまっているっていうのがあって、近年はそんなに作品を描いていないですかね。

でも最近いろいろとまたあったのでモチベーションができてきまして、多分今後また描き始めることになると思うんです。

アキュート
それこそモチベーションのお話で、漫画家さんってデビューできること自体がすごいことですし、それでずっと長くやるってもっと難しいと思うんですよ。

振り返ると、漫画家として食べていける『成功の秘訣』というのはどんな点にあると思いますか?

樹崎聖さん
僕は上がったり下がったりなんで、僕が言うことかなっていう感じはしちゃうんですけど・・・。
アキュート
いえいえ。ぜひお聞きしたいです。
樹崎聖さん
描き続けることが一番だとは思うんですけど、それもまた才能だと思うんで。

誰もが克・亜樹さんみたいに描けるかっていうと僕も描けないし、でもそのための準備はしておかなきゃいけない。いきなり描こうと思ったって絶対描けないですよね?

アキュート
そうですね。
樹崎聖さん
何年も前からずっと頭の中の端っこで準備をして、それが何年か後にやっと描けるようになるっていうもんだと思うんです。

だから漫画家になろうって思って描きたいし、描かなきゃいけないと思うことがあっても、僕も最初の何年かは全然描けなかったんで。

アキュート
描けなかったんですか?
樹崎聖さん
描いてはいたんですけども、人の真似のSFみたいなものしか描けていなくて、それがだんだん自分のものが描けるようになってきたのが10年やってやっとだったんです。
やりたいことあったはずなのに10年かかっている。
アキュート
常に描けっていうことですね。
樹崎聖さん
はい。ずーっと、何している時もやっぱ漫画のことを考えていたんで。
アキュート
そうですよね。わかります。
それだけ長い間、漫画を描かれていてやっと今、みたいなことをおっしゃられてましたが、今後の将来の展望とか、目標というのはあったりするんですか?
樹崎聖さん
今再びモチベーションが上がっているので、作品を描くことですね。

 

漫画家を目指している人へ一言

漫画家_樹崎聖
アキュート
それこそ先生は今までずっと続けられているわけじゃないですか?

日本には漫画家を目指している子供たちがいっぱいいて、今、漫画家を目指している人に向けてぜひ一言お願いしてもいいですか?

樹崎聖さん
漫画家目指している人は世界中にいると思うし、日本の漫画に憧れている人も世界中にいると思うんです。僕はよく中国にも教えに行くんですけど。
アキュート
すごいですね(笑
樹崎聖さん
中国の人もすごい意欲的なんですよ。

だから僕が呼ばれるのは、本当高いレベルの技術が欲しいからなんですよね。それだけ中国の人もわかっている。だから日本の人は負けちゃいられないわけですよね。

アキュート
そうですよね。
樹崎聖さん
中国の人も日本の漫画をどんどん好きになってくれれば、向こうでの市場も大きくなるわけなんで。
アキュート
そうですね。結果的に。
樹崎聖さん
日本の需要がどんどん小さくなっていくんで、世界中に売り込むチャンスを今後考えていかないと。

僕はそこを大事にしてもらいたいなと思いますね。

 

漫画家を諦め、別の道は進む人へ一言

アキュート
それこそ残念ながら諦めようって人も一定数いらっしゃって、そういう人たちにもぜひ一言いただいてもいいですか?
樹崎聖さん
すごく何かに取り組んで一生懸命やってきたことって、僕は後に活きるって気がしていて。

漫画の技術みたいなことも結局、後になってそれが本にできていたり。

アキュート
そうですね。
樹崎聖さん
好きで取り組んでいることっていうのは後にいろいろ活きますよね。
今、モーションコミックのライブをプロデュースして、自分で演出もしているんですけど、動画も自分で作るわけですよ。そうすると、音楽知識が役に立つんですよね。
アキュート
おおっ。
樹崎聖さん
音楽知識って言っても僕は学校の勉強を全然していなかった人間なんで、そういう意味での音楽は全然ダメなんですけど、漫画描いている間ずっとサントラ聞いていたんで、サントラオタクなんですよ。

自分の中でサントラの引き出しがいくらでもあって、だからミュージシャンと打ち合わせする時に、「あの時のあの曲のこんな感じ。」みたいな(笑

アキュート
話ができたり、活きてくるわけですね。

頑張ってきたことってどこで役立つかわかんないですね。

樹崎聖さん
好きってことが大事だなと思って。そこをちょっと貫いておけばすごくに立つんじゃないかって。
アキュート
本日はありがとうございました!

 

 

漫画家_樹崎聖